原画: カルロ・マラッタ CARLO MARATTA (1625-1713)
版画: ヨハン・ヤコブ・フレイ JOHANN JAKOB FREY (1681-1770)
主題: 「フランシスコ・ザビエルの殉教」THE DEATH OF ST. FRANCIS XAVIER
手法: 銅版画(エッチング)
寸法: 613 x 346mm.(画面) 660 x 363mm.(版面)
制作: 1733年
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(下)原画:カルロ・マラッタが、 ローマ・ゲッス教会のために 制作した作品 |
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カルロ・マラッタは17世紀後半で最も著名な画家であり版画家である。12歳の時ローマへ出てアンドレア・サッキの弟子となり、レーニ、カラッチ、ラファエロなどの作品を研究した。サッキからは線描法や構図、それに絵画に尊厳を持たせることを学んだ。これ以来マラッタの生涯は成功に満ちたものであった。 1680年代以降、マラッタの後期バロック風の古典主義作品はローマを支配し、同時代の全て作品を凌駕したほどである。マラッタの影響は極めて強大で、美術の独裁者とも言うべき存在となった。マラッタの古典主義芸術は、18世紀の巨匠たちにも絶大な影響を与えたものである。メングスもヴィンケルマンも、マラッタの影響なくして歴史に名を残すことは出来なかったであろう。
本作品はフランシスコ・ザビエルを描いたものである。ザビエルは1506年、現在のスペイン北部にあったナバラ王国ザビエルで生まれ、イグナチォ・ロヨラの指導により回心し、1534年7月22日にパリの小さな聖堂でイグナチオのほか4人の若者と共に清貧と貞節の初祈願をたてた。これがイエズス会の始まりである。ザビエルは聖霊の命を受け、中国に渡るためにサンチャン島へ向かったが、ザビエルを中国本土へ連れて行く約束をした中国商人が現れなかった。ザビエルは彼を待つうちに熱病に倒れ、1552年12月3日早朝死去した。なお、本版画は、マラッタ1674年から1679年にかけてローマにあるゲッス教会(the
Church of Gesu)のために制作した作品を、ヤコブ・フレイが1733年に翻刻したものである。
ヤコブ・フレイは1681年にルサーンで生まれたスイスの版画家である。最初母国で絵の基礎を学んだが、22歳のときローマへ移住し、アーノルド・ヴァン・ウェスターハウトから多少の教えを受けた。その後、カルロ・マラッタの下で修業する幸運に恵まれた。フレイの版刻技術の修得は極めて速く、才能は一挙に開花し、当時最高の版画家の一人として評価されるようになった。又、フレイの素描力は正確で趣もあり、調和と表現効果を完全に習得したものである。その素描力は版刻にも生かされており、生気溢れる線刻と、如何なる色彩も白黒で再現する技は正に熟達の一言に尽きるものである。原画の巧みな再現にかけては、フレイを凌ぐ者は極めて稀である。本作品は、原画作者であるカルロ・マラッタから直接教えを受けた弟子が師匠の作品を翻刻した稀に見る作品である。つまり師匠マラッタの芸術的意図を十分に理解した版画家でなければ、これほどの傑作は生まれなかったのである。
西洋古典版画研究家 山中己充人 |