原画: サー・ジョシュア・レナルズ SIR JOSHUA REYNOLDS
(1723-1792)
版画: サミュエル W. レナルズ SAMUEL WILLIAM REYNOLDS (1773-1835)
主題: 「セアラ・バンバリ夫人」LADY SARAH BUNNBURY. BURT.
手法: 銅版画(メゾティント)
寸法: 191 x 117mm.(画面)217 x 143mm.(版面)
出版: 1838年。
|
| サー・ジョジュア・レナルズは英国版画史上、最も重要な画家且つ文人で、ロイヤル・アカデミーの初代会長。英国において初めて芸術家の尊厳と社会的地位の向上に尽力した。父親は中学校の校長であったので知的環境で育ち、ルーベンスのような知性派の画家となった。レナルズが師事したのは、肖像画家トマス・ハドソンで、1740年から二年半絵画の基礎を学んだ。この頃からレナルズは肖像画に卓越した才能を見せていた。その後、1750年から二年間イタリアにおいて、ミケランジェロ、コレッジョ、ティツィアーノなどのルネサンス期の巨匠たちの作品と古典古代の彫刻の研究を行った。 |
 |
英国に戻ると、レナルズの肖像画は大評判となり、1750年代から1760年頃にはレナルズの芸術は早くも完成の域に達していた。後期の作品は古典的でイタリア絵画のエッセンスを具現したものが多くなったが、1781年以降はルーベンスの影響を受け、より大きな人間的感情と暖か味を作品に付け加えた。
サミュエル・ウイリアム・レナルズは、1773年にロンドンで生まれたメゾティント手法に傑出した版画家である。最初チャールズ・ホワード・ホッジスとジョン・ラファエロ・スミスについてデッサンと版画の技術をマスターした。彼の作品で記録に残る最も初期の版画は、1794年作のジョージ皇太子の肖像画である。版画家としてレナルズの最大の特徴は、高い芸術性と、その表現を支える高度な版刻技術である。レナルズはメゾティントのみならず、エッチング、点刻、アクアティントなどに関しても完成した技術を持っており、時折それらを一つの作品の中に取り混ぜて、美しい表現効果を創造した。エングレイヴィング版画は1804年頃に集中して制作されたが、メゾティント版画に関しては終生衰えることなく多数の傑作が制作された。 |
レナルズは1809年と1825年にはパリへ行き、フランススの画家や版画家に計り知れない大きな影響を与えた。またメゾティント版画の名匠デイヴィッド・ルーカスを教えたのもレナルズである。しかし何と言ってもサー・ジョジュア・レナルズの作品375点を版画に翻刻したことは、版画史に残る大偉業である。本版画はその中の一点である。
主題はチャールズ・バンバリ卿の妻であるセアラ夫人を描いたものである。この人は第二代目リッチモンド公爵であるチャールズ・レノックスの令嬢である。両親の死後、セアラは宮廷に紹介され、若きジョージ三世の目に留まった。レノックス家はセアラが王妃になることを夢見ていたが、王室顧問たちの助言により実現しなかった。その理由は、セアラが急進的なフォックス家と緊密な関係があったからである。実は、セアラの姉キャロラインはヘンリ・フォクスの妻であるため、顧問団は事態が複雑化することを懸念したのである。それでセアラは1762年にサー・チャールズ・バンバリに嫁ぐことになったのである。
西洋古典版画研究家 山中己充人 |