原画: ラファエロ・サンティ RAFFAELLO SANTI (1483-1520)
版画: ジョヴァンニ・ヤコポ・カラリオ (c.1500-1565)
JOVANNI JACOPO CARAGLIO
主題: 「盾と鉾を用いた戦い」 BATTLE WITH THE SHIELD AND LANCE.
手法: 銅版画 Engraving.
寸法: 335 x 484mm.(画面) 368 x 514mm.(紙面)
文献: (1)「ルネサンス・バロック版画展」1995年、作品4番
(2)“RAPHAEL INVENIT”1985, p.795, Caraglio 1, Edizioni Quasar.
(3)Bartsch, 1813, XV. P.93, no.59.
刷版:The only state. Possibly proof state. |
| 盛期ルネサンスにおいて、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチと共に三大巨匠と言われ、人類最高の画家の一人として美術史に君臨するラファエロは、イタリアのウルビノで生まれ、ぺルジーノの下で修業し、1504年すなわち21歳の時にフィレンツエに移った。そこでラファエロはレオナルドとミケランジェロの新しい芸術を完全に吸収し、ルネサンス芸術の真髄を体得した。 |
この頃ラファエロは更にフィレンツエの巨匠たちの作品を多数模写し、高度の素描力を身に付けた。この素描の研究こそ、最も多彩で不可能を知らぬ大画家となった最大の要因である。恐らくその切っ掛けとなったのは、彼の父ジョヴァンニ・サンティが、美術の本質について「優れた素描こそ、絵画の基礎」と常に言っていたことによるものであろう。 |
本作品は、ラファエロの原案を下にして、カラリオが版画に制作したものである。このカラリオはGIAN
GIACOMO CARAGLIO または CARALIUS ともつづられ、1498年頃から1500年の間にパルマで生まれたイタリアの大画家でありデザイナーである。初期の修業に関しては殆ど分かっていないが、翻刻版画の創始者であるマルカントニオ・ライモンディ(Marc
Antonio Raimondi)の弟子として版刻の技術を学んだことは確かである。その結果、光と陰影の巧みな組み合わせによる最高の表現を創造した。この技巧はジョルジオ・ギージ(Giorgio
Ghisi)に次ぐものであろう。特に細く繊細な線と太い線を組み合わせて、大胆な輪郭を描く彫り方は、カラリオ独特の面白い味である。この特徴は、本作品においても明確に示されている。また彼の素描力は極めて高く、その群を抜く技量は、原画の再現に遺憾なく発揮されている。カラ
リオがいつパルマからローマへ移ったか定かではないが、1520年代の初め頃か、遅くとも1526年以前であろう。 |
しかし、1527年のローマの略奪が起きたときは、イタリア北部へ逃避していたようである。1539年からはポーランドの国王から招聘を受けてメダルや刻印の制作、あるいは建築などの仕事をした。彼が制作したメダルの内、アレサンドロ・ペゼンティ(Alessandro
Pesenti)のものは、大英博物館にも収蔵されている。カラリオが最も旺盛に銅版画を制作したのは、1526年頃から1551年頃の間といわれているが、一説には大部分の作品は1539年以前に制作されたのではないかとも言われている。カラリオが制作した版画は約69点あるといわれているが、ヴェロネーゼ、パルミジャニーノ、ティツィアーノ、ミケランジェロ、ロッソ、ぺリノ・デル・ヴァーガ、ラファエロなどの翻刻版画が最も優れた作品と評価されている。本作品はその中でも特に有名なものである。カラリオはポーランドから帰国して1570年頃死去したという説と、1565年にポーランドのクラフク(Krakow)で没したとの二説がある。
西洋古典版画研究家 山中己充人 |