原画: トマス・ショッタ・ボイス THOMAS SHOTTER
BOYS (1803-74)
版画: 同上 ditto
主題: 「ランの大聖堂」 LAON CATHEDRAL
手法: 色彩石版画(Lithograph)
寸法: 386 x 277mm.(画面)
連作: 「パリ、ヘント、アントワープ、ルアン等における絵画的建築」7番
出版: 1839年
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| トマス・ショッタ・ボイスは1803年1月2日にイズリントンのペントンヴィル(Pentonnville,
Islington)で生まれた英国の水彩画家であり石版画家である。14歳の時、版画家を志してジョージ・クックのところへ年季契約で研修を受け、1825年に徒弟契約が切れるとパリに向けて出立した。フランスでは数社の出版社から版画制作の依頼を受けたが、丁度この頃ボニントン(Bonington)と出会い、版画を捨てて画家になるように強い勧めを受けた。ボイスはこの説得を受け入れて、この天才的画家が夭折するまで直接教えを受けた。 |
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| 以来ボイスは画家の道を邁進し、1827年にパリの美術展に出品した。ボイスの作風と主題はボニントンと酷似している。1830年ブルッセルへ赴いたが騒乱が勃発したために英国に戻った。その後ボイスは再びパリを訪れ、1837年まで同地に留まり制作活動を続けた。英国においての活動として大きなものは、1832年から1873年まで新水彩画協会に出展したことと、1848年にロイヤル・アカデミーの美術展に出品したことが挙げられる。なおボイスは1840年にはロイヤル・インスティチュートの準会員となり、1841年には正会員となっている。ボイスはこのように精力的に水彩画を描いていたが、若い時持っていた版画に対する興味も失わずにいた。実際ボイスはボニントンのように石版画の可能性を十分に知っており、1835年以降バロン・テイラ(Baron
Taylor)の壮大な出版物「古いフランスのロマンティックな絵画的旅」へ多くの石版画を寄稿した。また、1837年にパリから英国へ戻ったのは、クラークソン・スタンフィールドとデイヴィッド・ローバーツの作品を石版画にするためであった。 |
そして1839年ついに本作品(26点の連作)の出現となったのである。オックスフォード大学が出版した「全国人名辞典」は、ボイスの偉大な作品で絶大な賞賛を生んだと記録している。また、レイ(Ray)は自著「英国」の144ページで「色彩石版画における正真正銘の芸術作品として殆ど唯一のものである」と言っている。本作品に対して、これ以上賛辞を挙げる必要は無いが、版画の歴史における主要且つ偉大な作品であり、カラー印刷の歴史においても画期的な出来事であることは記すべきであろう。なお、この作品集はボイスが制作した最初のカラー・リトグラフである。主題の「ラン大聖堂」(ラオン)がる『ラン』はパリの北西約125キロ、つまりフランスのエヌ県にある商業都市である。ローマ人によって要塞化され、5世紀末から司教の管区となり、フランク人の住む主要都市の一つとなった。このノートルダム大聖堂は5世紀末に設置されたが、1112年に火災に会い、内陣と翼廊の再興が1160年ころに始まり、1174年に完成した。当時その美しさにもかかわらず、一般の人々にはよく知られていなかった。
西洋古典版画研究家 山中己充人 |